イノベーター66 ブログ

新しい価値を「想像」する日常 【日常×想像】のブログ

「サーフィンを初めて20年以上になる」

午前5;30。

 

愛車の黒のサバーバンに乗って、いつもの海へ向かう。

 真っ黒に日焼けした肌にレイバンのサングラスに海パンとラッシュガード。

 

BGMはサーファー定番の「going going Home」h jungle  with t

そのリズムにつられ、自然と体が上下に揺れていく。

 

海に着き、車の中から波を眺める。

目に意識を集中させ、睨みつけるように波を見つめる。

 

サーフィンはもう、ここから始まっている。

 

どこで波が割れているか、

グーフィーとレギュラーどっちを狙うか、

 

知り合いがいないところはどこか、、

 

今日は、、沖に出られるだろうか、、、

 

そう、

私はサーフィンを始めて20年以上になる。

 

でも、実は、

今だに、ろくに波に乗ることができない。

 

だから、

自分はサーファーだとは思っていないし、

自分でサーファーと言ったことはない。

でも、出で立ちと車はサーファーそのもの。

40歳の渋めのオヤジサーファーに見える。

 

車にボードが積んであるので会社の女子にも

イノベーターさんってサーファーなんですねっ言われて、それを勝手に広められる。

まわりが私を勝手に熟練サーファーにしてしまう…

 

だからできるだけ、海で知り合いに会いたくない。。

それでも、海が好きなのでずっと

サーフィンにいっている。

 

正直、サーフィンがうまくなりたいとは思わない。

 

サーフボードにもウェットスーツにも全く興味はない。

 

ただ、純粋に海を感じることが好きなのだ。

 

波という、海と大地の狭間でおきる、

ほんの一瞬の自然の産物と触れ合う神秘的な美しい遊び。

 

海と陸という全く異なる生態系の境界で遊ぶという不思議な魅力。

 

波に揺られる流木からは、圧倒的な時間と自然の流転が感じられる。

 

何よりも、美しい、、

私にとってはただ、「そこにいるということ」に目的がある。

 

あぁ、今日も、いい海だった。

 

車からセットで肩サイズに見えた波は、

実際には、ほれぎみで頭オーバーだった。

 

誰もいないところで波待ちして、

セットを待つ。

向こうからくる頭オーバーのセット。

ターンして必死でパドルをする。

 

「行くぜ!!」

 

崩れそうな頭オーバーの波、

グーフィーで乗ろうと少し左斜めにパドル。

 

ここだっというところで両手でボードを掴み肘を伸ばす!!

 

「いまだ!!」

 

波の頂点から下を見る。

 

ぞくっとして、テイクオフせず波を見送る。

 

こんなデカイ波、乗れるわけないっ。

 

ビビっているのを周りに気づかれないように

「くそっ!!」というジェスチャーをして誤魔化す。

 

実はそもそも、それほど波に乗るつもりはない。

 

あー今日も気持ちよかった。

サーフィンにはこんな遊び方もある(ドンッ!!)

 

サーフィン=波乗りではない、

 

新たな価値観をそこに見出している。

 

もしかしたら、サーフィンではなく、

そんな海を感じるだけの「新たな遊び」を

創造できているのかもしれない。

 

イルカのように華麗に泳ぎ回る姿も、

クラゲのようにプカプカ浮いている姿も。

どちらも美しいのに、

 

サーフィンに例えると、

イルカは美しく、 

クラゲは美しくない、

ということになってしまう…

 

「価値観は人によって違うもの」

 

今の世の中は、

「世間や他人の価値観に流されてばかり」

「他人にどう思われるかが価値感のベースになってしまっている」

 

見知らぬだれかの「いいね」の数がまるで自分の価値ポイントのような

そんな社会。

 

ネットの普及でわれわれは自由なったのか、

不自由になったのか、

見えないものに支配されているような、

生きにくい世の中になった。

 

もっと、自然に。今を楽しくいこうよ。

 

あるべき姿は

 

「オーガニック、パーティーピーポー」さ。